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名古屋地方裁判所 昭和56年(行ウ)16号 判決

原告

櫛田昌弘

右訴訟代理人弁護士

小栗孝夫

小栗厚紀

榊原章夫

石畔重次

渥美裕資

被告

名古屋市長

西尾武喜

右訴訟代理人弁護士

鈴木匡

大場民男

右訴訟復代理人弁護士

山本一道

鈴木順二

伊藤好之

鈴木和明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、昭和五六年三月一四日付で別紙物件目録(一)記載の土地についてした換地処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  名古屋都市計画事業復興土地区画整理事業(以下、「本件事業」という。)の施行者である被告は、原告に対し、昭和五六年三月一四日付で原告所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下、「本件従前地」という。)の換地を同目録(二)記載の土地(以下、「本件換地」という。)とし、清算金一〇〇万七五八三円を徴収する旨の換地処分(以下、「本件換地処分」という。)をした。

2  しかしながら、本件換地処分は、以下の理由により違法である。

(一) 手続に関する瑕疵

(1) 本件従前地については、昭和一六年四月二六日、猫ケ洞土地区画整理組合(以下、「訴外組合」という。)が設立され、都心の近郊に位置する閑静な高級住宅街を建設すべく約三一ヘクタールに及ぶ土地を対象として減歩率約一八・三パーセントを目途として、昭和一六年から区画整理に着手した。

(2) その後、昭和二一年頃、被告から訴外組合の施行地区を本件事業の施行区域に編入したい旨の申入れがあつた。これに対し、訴外組合は、訴外組合の施行地区がやむを得ざる事由により本件事業の施行区域に編入される場合には、三割程度の減歩をもつて換地すること、土地評価に関しては訴外組合と協議の上決定すること、名古屋市は訴外組合の権利を尊重し、一方的犠牲を強いるようなことがないことを、愛知県土木部長を通じて被告に申し入れた。

(3) 右申し入れに対し、被告代理名古屋市助役は、昭和二二年一月一七日付で「今後事業を進めるには常に組合と連絡し市の一方的な独断を以ては実施しないといふ諒解が出来ている」旨を愛知県土木部長に回答し、被告代理名古屋市助役(木村清)と訴外組合の代表者組合長(櫛田賢)との間で、昭和二二年三月一三日、「換地の位置、換地として交付する歩合等については別途甲(被告)乙(訴外組合)協議の上決定する」旨の約定が成立した。

(4) しかるに、被告は、右約定に反し、「換地として交付する歩合」については何の協議もしないまま、一方的に本件換地処分をしたものである。本件のように「協議の上決定する」旨の約定がなされている場合には、契約上及び条理上、右協議をする必要のあることが明らかであるから、これをしないで一方的に行なわれた本件換地処分は違法である。

(二) 照応原則違反

(1) 地積の不照応

本件換地処分においては、本件従前地の地積が一万〇・五〇五平方メートルであるのに対し、本件換地の地積は五九五・四〇平方メートルであり、換地率は約五・六七パーセントにすぎず、更に、清算金一〇〇万七五八三円が徴収されるというものである。このような減歩率九四・三三パーセントという異常な高減歩率をもつてなされた本件換地処分は、地積の点で、従前地と照応しないものというべきである。

(2) 換地及び従前地の価格評価の誤り

(ア) 被告は、本件事業において、従前地の評価方法を途中から変更したが、右変更は、著しく不合理、不公平であり、かつ、条理に反するものである。すなわち、被告は、本件事業において、従前地を評価するに際し、当初は、各筆ごとの一平方メートル当たりの指数を用いていたが、昭和四九年からこれをやめて地帯価を採用した。このため、被告の当初の評価方法によれば、本件従前地の右指数は〇・九五であつたから、原告の換地権利地積は六七五・〇四平方メートルとなり、本件換地は七九・五四平方メートル不足していることになつて、その分の清算金の交付を受けられるはずであつたのに、被告が途中で評価方法を変更し、右指数に代えて地帯価(従前地の右指数の平均値)〇・六二を採用したため、逆に、清算金を徴収する旨の本件換地処分がなされたのである。このような一貫性を欠く評価方法によりなされた本件換地処分は違法である。

(イ) 被告が本件換地処分において用いた等級は、地租法、土地台帳法により定められたものであるが、本件換地処分当時の土地を評価する尺度としては合理的なものではない。したがつて、これを用いてした本件換地処分は違法である。

(ウ) 本件従前地を三三等級とした合理的な根拠は何ら示されていない。すなわち、本件従前地に隣接する田代土地区画整理が既に昭和一五年に完成し、本件従前地においても、これに続いて、昭和一六年に区画整理組合が設立され、南北に伸びる約七四五間、西から北へ回る約五五二間の各幹線道路も完成し、高級住宅地の造成が間近であつたことからすると、本件従前地に対する右等級評価は不当に低いものというべきである。

3  よつて、原告は、被告に対し、本件換地処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1は認める。

2  請求原因2の冒頭の主張は争う。

同2(一)の(1)のうち、原告主張の日に訴外組合が設立されたことは認め、その余は不知。

同2(一)の(2)、(3)は認める。

同2(一)の(4)は争う。

3  請求原因2(二)の(1)は争う。ただし、本件換地処分の内容及び換地率が原告主張のとおりであることは認める。

4  請求原因2(二)の(2)、(ア)は争う。ただし、被告が本件事業において、従前地の評価方法を、途中で変更したことは認める。

5  請求原因2(二)の(2)、(イ)は争う。

等級は従前地を換地の位置へ置き換える際の尺度となるものであり、本件事業における名古屋市計画局の各筆土地評定価格算定基準(以下、「算定基準」という。)二条二項において「等級は仮換地を定めたときの状況を勘案して定める」と規定されている。土地台帳における賃貸等級は本件事業における仮換地指定当時においては、公的な土地の評価としては唯一のものであり、合理的なものである。

6  請求原因2(二)の(2)、(ウ)は争う。

本件従前地の土地台帳における賃貸等級は、反(三〇〇坪)当たり四八等級、指数一八〇〇であつたので、一坪当たりでは指数六となり、六は二等級にすぎなかつた。本件従前地のある千種第四工区内で以前から宅地等級が最高であつた田代町字鹿子殿甲一一三番及び同所甲一二八番の土地の賃貸等級は二八等級である。これらをもとにして、本件従前地付近一帯を三三等級として設定したものである。

7  請求原因3は争う。

三  被告の主張

1  照応原則について

(一) 本件換地処分は、土地区画整理法(以下、単に「法」という。)九五条二項に基づく、いわゆる工区間飛換地である。この場合において、従前地と換地との間には、法八九条に定める項目についての直接の照応原則の適用はないが、従前地は、当該換地処分を行なう工区にあるものとみなして換地処分を行なうので、本件のような場合には、換地を定める位置へ想定される従前地に置き換えて、その置き換えた従前地とそれに見合う換地を指定すべきではある。工区間飛換地について権利者の同意があり、本件のように、従前地は山林で換地は市街地にくるような場合には、位置、地積、土質、水利、利用状況、環境はすべて異なつたものになるのは当然である。

(二) 本件換地処分に至る経緯は次のとおりである。

(1) 本件事業を開始するに当たり、市内中心部に点在する墓地をそのまま存置することは都市発展上好ましくないので、これを名古屋市の東部丘陵地帯である名古屋市千種区田代町字鹿子殿一帯に移転して明朗なる墓苑を造成し、移転跡地を他の土地の換地に利用することにより健全な市街地を造成する必要があつた。このことを当時の戦災復興院に照会したところ、「その計画は機宜に適し寔に結構」との回答があり(昭和二一年一二月二八日付)、そのため、当時、右丘陵地帯を施行地区としていた訴外組合(昭和一六年四月二六日設立、組合長櫛田賢・原告の父)と交渉し、昭和二二年の初めに、被告と訴外組合とは、訴外組合の施行地区を本件事業の施行区域に編入することについて合意し、昭和二二年二月一〇日付戦災復興院告示により訴外組合の施行地区を本件事業の施行区域に編入したものである。

そして、昭和二二年三月一三日、被告と訴外組合とは契約書を交わしたが、その内容の第一条は、次のとおりである。すなわち、名古屋都市計画東山墓苑(以下、「平和公園」と称する。)の区域内に在る訴外組合の地区内の土地を平和公園敷地とするため、名古屋市長はその換地を整理地区内の他の区域において訴外組合に交付し、その不足分は減歩補償金及び換地清算交付金として金銭を以つて支払うものとする。

(2) 本件換地たる中村第五工区一三Bブロック一二番の一については、当初、昭和二三年四月一二日付で一七五・六〇坪の仮使用地の指定がなされたが、分筆及び所有権移転があつたので、昭和二八年三月二日付で田代町字鹿子殿八一番の六九五、山林、七一五〇坪のうち、三一七八坪に対し、中村第一工区(工区の統廃合により第一工区となつたが場所には変更がない。)一三Bブロック一二番の一、一八〇・二〇坪に指定変更を行なつた。ここにおいて、本件換地の前身たる仮使用地について、従前地の面積が三一七八坪と決定された。

その後、従前地の分筆があり、右三一七八坪は、本件従前地(別紙物件目録(一)記載の土地)となつたので、昭和三〇年一月六日付で、これに対し右仮使用地と同一の位置、地積の換地予定地を指定した。この換地予定地は、昭和三〇年四月一日、法の施行により仮換地とみなされ、昭和五六年三月一四日付の本件換地処分で本件換地となつた。

(3) 本件換地の位置、地積についての同意は、当時、本件従前地の所有者で、原告の父親である櫛田賢がなしたものであるが、法一二九条により、権利者の変更があつた場合には、従前の権利者(櫛田賢)に対してした処分、手続等は新たな権利者となつた者(原告)に対してしたものとみなされるものである。

(三) 地帯価について

(1) 本件事業における算定基準によると、土地の評価は次のようにすることとされている。

第一条 本事業の整理前後の各筆土地の評定価格は、この算定基準によつて算出した「評定指数」を各工区ごとに定める指数一個当たりの単価に乗じて算定する。

第二条 整理後の各筆土地の評定指数は、建設省の指示する宅地利用増進率算定標準及び固定資産税の課税標準等を参考として定めた整理後の各路線価指数をもととして、次条以下により算定する。

2 整理前の各筆土地の評定指数は、前項に準じて算定するが、換地を従前の位置に定めず他の位置に定めたものについては、従前の土地と換地を定めた土地の位置の「等級の比」によつて換算し、従前地は換地の位置にあつたものとみなして減歩を負担させこれを整理後の平方メートル当たり指数に乗じて算定することができる(以下、これを「等級比較計算」という。)。

(2) 本件換地処分は、従前地と換地の位置が異なり、かつ、従前地が存在した千種第四工区は、本件事業開始時には山林であつて路線式評価法にはなじまないので、算定基準二条二項の定める等級比較計算によることとした。

(3) 等級比較計算によると、同一工区(例えば千種第四工区)内にあり土地の状況が類似し、隣接する土地であつても、仮換地を指定された土地如何によつて、それぞれの土地の評定価格を算定する基礎となる指数が異なる結果が生じた。しかしながら、同一場所の従前地でありながら、換地先によつて平方メートル当たり指数が異なるのはおかしいといつた指摘が権利者からなされ(櫛田賢の提出した意見書もその一例である。)、施行者内部でも検討した結果、状況類似の土地、隣接する土地の間に、右にみたような指数上の不均衡があると認め、算定基準五条に基づき指数を修正することとした。この修正には、本件の中村第一工区より計算の先行していた別表7記載の中第六、中第八、東第八、千種第一、中村第一工区の「従前の平方メートル当たり指数」の平均をとることとした。その平均は、〇・六一七となつたので、算定基準第六条四項により、小数点以下第三位を四捨五入して、〇・六二とし、これを地帯価として採用した。右地帯価の算定根拠は別表7記載のとおりである。

以上のとおり、地帯価の採用は、権利者の要望に副うものであり、また、合理的なものである。

なお、本件換地処分の計算関係の詳細は別紙及び別表1ないし6記載のとおりである。

2  手続に関する瑕疵の主張について

(一) 原告は、本件換地処分が、昭和二二年三月一三日に被告と訴外組合との間で成立した前記約定を無視して一方的になされたものである旨主張する。しかしながら、本件従前地については、当時、その所有者であつた原告の父の櫛田賢の強い要望があり、同人が営んでいる穀物取引業の事務所のあつた中村第一工区に仮換地を指定することとしたものであり、その際には、まず図面で位置、面積を示し、次に担当者が櫛田賢を候補地に案内してその状況を示した上で正式に決定したものである。

(二) 原告は、地積(強減歩)の点については同意していないと主張しているが、被告は、訴外組合(実質的には櫛田賢)に対し、昭和二二年に、減歩補償金に充当する金額として、当時としては莫大な金額である金四〇万円を支払つており(ちなみに、櫛田賢が昭和一二年に大蔵省から払下げを受けた二九町四反一畝七歩の土地全部で、当時、約一五万円である。)、この減歩補償金を受領しているのは、強減歩について同意していることの表われである。

また、換地に対応する従前地が特定されたのは、昭和二八年三月であるが、この段階以降本訴に至るまで原告及び櫛田賢から、何らの異議はなく、原告は、地積の点についても了承していたものである。

したがつて、本件換地処分においては、被告と原告及びその父親櫛田賢との間には、十分な協議がなされており、原告の主張は理由がない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び主張

1  被告の主張1の(一)は、本件換地処分が工区間飛換地であることは認めるが、照応原則の適用がないとの主張は争う。

2  被告の主張1の(二)、(1)のうち、被告が訴外組合と交渉した結果、昭和二二年の初めに、被告と訴外組合との間に、訴外組合の施行地区を本件事業の施行区域に編入することについて合意が成立し、その後、右編入がなされたことは認め、その余は不知。

3  被告の主張1の(二)、(3)は、当時、本件従前地の所有者で、原告の父親である櫛田賢が本件の工区間飛換地、すなわち、本件従前地の存在した千種第四工区において換地を定めず、中村第一工区において換地を定めること(地積の点は除く。)に同意したことは認める。地積の点について同意したことはない。

4  被告の主張1の(三)は争う。

5  被告の主張2の(一)は、櫛田賢が本件換地の位置について同意したことは認め、その余は否認する。

原告の父、櫛田賢が中村第一工区を案内されたことはあるが、仮換地の一部であるということで案内してもらつただけで、それに対応する従前地がどの土地かは知らされず、まして減歩率がどの程度になるかは全く知らされていなかつた。その後の仮使用地指定通知においても従前地の特定はなく、これが特定されたのは、昭和三〇年一月になつてからであつた。櫛田賢は、換地の位置についてはこれを認めた上で同意したものであるが、地積については、従前地と換地との対応関係を知らされておらず、これが照応していないことも知らなかつた。むしろ、同人は、照応した地積、すなわち、三割前後の減歩で換地を定められるものと信じていたのであつて、これを同意と認めることはできない。

6  被告の主張2の(二)は、被告が被告主張の頃金四〇万円を訴外組合(実質的には櫛田賢)に支払つたことは認め、その余は否認する。右金員は、訴外組合の施行地区内にある山林上の立木に対する補償金として支払われたものである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2の(一)(手続に関する瑕疵)についてみるに、まず、同2の(一)の(2)、(3)の事実は当事者間に争いがない。また、被告の主張1の(二)の(2)の事実は、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

〈証拠〉並びに前記争いのない事実及び弁論の全趣旨を併せると、次の事実を認めることができる。すなわち、

被告は、昭和二一年、施行者として本件事業を開始するに当たり、市内中心部に点在する墓地をそのまま存置することは、環境的にも美観上からも好ましくなく、都市の発展を阻害する要因ともなるので、これを名古屋市の東部丘陵地帯である名古屋市千種区田代町字鹿子殿一帯に集中的に移転させ、一大墓苑を造成するとともに、移転跡地を他の土地の換地として利用することとした。被告は、右目的を達成するため、当時、右丘陵地帯を施行地区としていた訴外組合(昭和一六年四月二六日設立、組合長櫛田賢・原告の父)と交渉した結果、昭和二二年の初めに、被告と訴外組合とは、訴外組合の施行地区を本件事業の施行区域に編入することについて合意し、昭和二二年二月一〇日付戦災復興院告示により訴外組合の施行地区が本件事業の施行区域に編入された。右交渉の過程で、訴外組合は、愛知県土木部長を通じて被告に対し、訴外組合の施行地区がやむを得ざる事情により本件事業の施行区域に編入される場合には、三割程度の減歩をもつて換地すること、土地評価に関しては訴外組合と協議の上決定すること、名古屋市は訴外組合の権利を尊重し、一方的犠牲を強いるようなことがないことを申入れ、右申入れに対し、被告代理名古屋市助役は、昭和二二年一月一七日付で今後、事業を進めるに当たつては、常に訴外組合と連絡をとり、市の一方的な独断をもつては実施しないという諒解ができている旨を、愛知県土木部長に回答した。また、被告と訴外組合とは、昭和二二年三月一三日、左記の内容の契約書を取り交わした。すなわち、

①  前記墓苑(平和公園)の区域内にある訴外組合の施行地区内の土地を平和公園敷地とするため、被告は、その換地を整理地区内の他の区域において訴外組合に交付し、その不足分は減歩補償金及び換地清算交付金として金銭をもつて支払うものとする。

②  右①の換地の位置、換地として交付する歩合等については、別途、被告と訴外組合との間で協議の上決定する。ただし、土地区画整理委員会その他の機関に付議を要するものは、その手続を経て決定するものとする。

③  右①の減歩補償金に充当する金額として、金四〇万円を、昭和二二年三月二〇日までに被告より訴外組合に支払う。

右内容の契約書を取り交わした後、訴外組合の代表者組合長櫛田賢は、被告から金四〇万円を減歩補償金として受け取つた。

ところで、訴外組合は、昭和一七年頃には、その施行地区について、一部造成工事に着手していたが、道路が二本程度造られただけであり、戦争の激化に伴い、右造成工事も中断し、本件従前地付近一帯は宅地としての様相を呈しないまま、昭和二二年二月、本件事業に組み入れられるに至つたものであり、当時の本件従前地付近一帯は、市電も通つておらず、灌木の生えている赤土の丘陵地帯であつて、ほぼ山林といつてよいような状況であつた。

前記契約書の趣旨に従い、被告の担当者と、当時、本件従前地を含む一帯の土地の所有者であつた櫛田賢との間で、右土地の換地先について交渉が持たれ、櫛田賢が、同人の営んでいた穀物取引業の事務所のある中村第一工区及び市の中心部である中区の工区を強く希望したので、その意向に沿つて換地を定めることとし、まず、図面で当時の「施行者管理地」(仮使用地に指定されない土地)の場所、面積を同人に示し、同人が希望する所を選び、その後、被告の担当者が同人を現地に案内し、希望地の確認をした。そして、右希望地について、昭和二三年四月一二日付で仮使用地の指定がなされたが、分筆及び本件従前地を含む土地につき、櫛田賢から原告への所有権移転等があつたので、昭和二八年三月二日付で、原告に対し、同人所有の田代町字鹿子殿八一番の六九五、山林、七一五〇坪のうち、三一七八坪につき、中村第一工区一三ブロック一二番の一、一八〇・二〇坪を仮使用地とする旨の指定変更がなされた。その後、右土地(田代町字鹿子殿八一番の六九五)が分筆され、右三一七八坪が本件従前地と特定されたので、昭和三〇年一月六日付で、これに対し、右仮使用地と同一の位置、地積の換地予定地を指定した。この換地予定地は、昭和三〇年四月一日、法の施行により仮換地とみなされ、昭和五六年三月一四日付の本件換地処分により本件換地となつた。

以上の事実が認められ、〈証拠〉中、右認定に牴触する部分は採用しない。

右に確定した事実関係によれば、被告と訴外組合との間で、昭和二二年三月一三日、前記墓苑の区域内にある訴外組合の施行地区内の土地(本件従前地もこれに含まれる。)に対する換地の位置、換地として交付する歩合等については、両者の間で協議の上決定する旨の約定が成立したのであるが(その際、被告が、訴外組合に対し、三割程度の減歩にする等の具体的な約束をした事実は存しない。)、その趣旨は、本来、換地処分は行政処分であつて、施行者が関係者と協議したり、その同意を得た上でなければ、これを行なえないといつた性質のものではないけれども、本件換地処分は、いわゆる工区間飛換地であるので、本件事業の円滑な進行という見地から、特に、換地の位置について、訴外組合の意向をできるだけ尊重する趣旨で右約定がなされたものと解されるのであるが、換地として交付する歩合等については、他の権利者との均衡を考慮する必要があり、特に、一部の者についてのみ、この点に関して協議をし、歩合等について有利な取扱いをすることは、法の精神にもとるものというべきであるから、右約定は、このような取扱いをすることを被告に義務づける趣旨のものとは解し難い。右約定の趣旨が、このようなものであるとすると、前記のとおり、本件換地の位置は、訴外組合の代表者組合長であつた櫛田賢が希望した場所であり、被告の担当者が同人を現地に案内した上で決定したものであること、本件換地に対する従前地が具体的かつ最終的に特定されたのは、昭和三〇年一月頃であるから、櫛田賢が右案内を受けた時点で、換地の地積(減歩)についても明確に了承したとは、直ちに認め難いけれども、同人は、昭和二二年頃、減歩補償金として、当時としては、相当多額の金員四〇万円を被告から受領していること(前掲〈証拠〉の記載及び証人櫛田賢の証言中には、右金員は立木補償であつた旨の記載ないし証言があるが、右各証拠は、前掲〈証拠〉には、右金員が減歩補償金として支払われるものであることが契約条項として明記されていること、また、右証人は、当時、本件従前地付近一帯には、野生の松が生えていた程度である旨証言していることなどから、到底採用し難いものである。)、当時本件従前地付近一帯は、幾分、造成工事が進められてはいたものの、ほぼ山林といつてよいような状況であつたのに対し、櫛田賢が換地を希望し、仮使用地の指定を受けた本件換地付近一帯の土地は、名古屋駅近くの市内の中心部にある町並の良い宅地であつて、非常に評価の高い所であり(平田証言により認められる。)、両方の土地を比較検討すれば、本件換地付近の土地を換地先として希望する以上、相当の強減歩にならざるを得ないことは、同人においても容易に想到し得たはずであることなどからすれば、被告が本件換地の地積については、櫛田賢ないし原告と協議せず、その明確な承諾がないまま、本件換地処分をなしたとしても、これを前記約定ないし条理に違反したものとは認め難いものといわざるを得ない。

よつて、本件換地処分が右約定に違反した違法なものである旨の原告の主張は、その理由がない。

三次に、請求原因2の(二)(照応原則違反)について検討する。

原告は、まず、本件換地処分が、本件従前地の地積が一万〇五〇五平方メートルであるのに対し、本件換地の地積が五九九・四〇平方メートルであり、換地率は約五・六七パーセントにすぎず、更に、清算金一〇〇万七五八三円が徴収されるというものであり、異常に高い減歩率(九四・三三パーセント)をもつてなされたものであつて、本件換地は地積の点で本件従前地と照応しない旨主張し(請求原因2の(二)の(1))、本件換地処分の内容、換地率、減歩率の数値は原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。しかしながら、本件換地処分は、法九五条二項に基づく、いわゆる工区間飛換地であつて、本件換地の所在する中村第一工区内には、これに対する具体的な従前地が存在するわけではなく、また、当時、本件従前地の所有者であつた櫛田賢が本件従前地が所在した千種第四工区において換地を定めず、中村第一工区において換地を定めることに同意していること(この点は当事者間に争いがない。)、前記認定のとおり、同人が、昭和二二年頃、減歩補償金として、当時としては相当多額の金員四〇万円を被告から受領していること、当時、本件従前地付近一帯は、幾分、造成工事が進められてはいたものの、ほぼ山林といつてよいような状況であつたのに対し、本件換地付近一帯の土地は、名古屋駅近くの市内の中心部にある宅地であり、右両土地の評価には大きな隔たりがあつたことなどからすると、後記認定のとおり、被告が本件においてなした算定方法が適正なものである以上、前記のような高い減歩率になつたとしても、やむを得ないというべきであり、本件換地処分が地積の点で照応原則に違反するものとは認め難い。

したがつて、原告の右主張は、その理由がない。

次に、原告は、被告が本件事業において従前地の評価方法を途中から変更したことが著しく不合理、不公平であり、かつ、条理に反するものであつて、これを基礎としてなされた本件換地処分は違法である旨主張する(請求原因2(二)(2)の(ア))。そこでこの点についてみるに、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

被告が本件事業において、土地評価の算定方法として用いたのは「各筆土地評定価格算定基準」(乙第一号証)であり、それによれば、次のような算定方法が定められている。

①  本件事業の整理前後の各筆土地の評定価格は、この算定基準によつて算出した評定指数を各工区ごとに定める指数一個当たりの単価に乗じて算定する(第一条)。

②  整理後の各筆土地の評定指数は、建設省の指示する宅地利用増進率算定標準及び固定資産税の課税標準等を参考として定めた整理後の各路線価指数をもととして、算定する(第二条一項)。

③  整理前の各筆土地の評定指数は、右②に準じて算定するが、換地を従前の位置に定めず他の位置に定めたものについては、従前の土地と換地を定めた土地の位置の等級の比によつて換算し、従前地は換地の位置にあつたものとみなして減歩を負担させ、これを整理後の平方メートル当たり指数に乗じて算定することができる。この場合の等級は、仮換地を定めたときの状況を勘案して定める(第二条二項)。

④  この基準によつて計算した指数が、状況類似の土地または隣接する土地の指数と比較して不均衡があると認められる場合においては、指数及び等級を修正することができる(第五条)。

被告が本件事業において用いた算定基準は右のようなものであり、被告は右算定基準に基づいて本件事業の施行区域内の整理前後の各筆土地、すなわち、各従前地と各換地の評価を行ない、これを前提として換地処分を行なつてきた。

右算定基準によれば、本件換地処分のように、換地を従前の位置に定めず他の位置に定めたもの(飛換地)については、その整理前の土地(従前地)の評定指数は、従前の土地と換地を定めた土地の位置の等級の比によつて換算し、従前地は換地の位置にあつたものとみなして減歩を負担させ、これを整理後の平方メートル当たり指数に乗じて算定し得ることになり、被告は、これに従い、飛換地については、本件事業の当初から、一筆ごとの右等級比較計算等を行ない、仮使用地、換地予定地の指定、換地処分を順次行なつてきた。しかるに、被告が本件事業の当初から行なつてきた右等級比較計算によれば、換地先の等級が仮換地を指定した時点の状況を基準に定められている(前記③参照)のに対し、整理後の評定指数は区画整理工事が概成した時点における路線価を基準に定められており、両者の間には食い違いがあるため、右各数値を基礎にして算出される従前地の平方メートル当たりの指数が、同じ千種第四工区内の土地であり、状況の類似した土地や隣接する土地であつても、その換地先が異なることにより、まちまちなものであつたことから、右工区内の地域は一つの山であり、そこに所在する土地の評価に右のようなばらつきが生ずることはおかしいとの苦情が権利者の間からしばしば、被告に寄せられた(櫛田賢も、昭和四四年八月三日付で被告に対し、同一場所に所在する従前地の単価が各々異なるのは分からないし、納得できない旨の意見書を提出している。)。被告の担当者としては、各権利者に対し、右等級計算の仕組み等を説明して、それが不合理なものではないことを説明していたのであるが、なかなか、その理解が得られなかつたことから、被告の内部においても、この点を再検討し、千種第四工区内に所在する各従前地がいずれも山林であり、各土地の奥行の長さであるとか、角地であるとかの事情は、評価にあまり大きなウエイトを占めないこと、いずれの土地についてもその平方メートル当たりの評価については、それほどの偏差がないことなどの諸点を勘案し、被告は、昭和四九年権利者の理解の得られやすい地帯価を採用するに至つた。すなわち、被告は、昭和四九年、本件換地先の中村第一工区を含めた未処分工区全部について、一応、従前通りの方法による試算をしてみた後、その平均値(地帯価)を出して、これを千種第四工区内に所在する各従前地に共通の平方メートル当たりの指数とすることとし、その数値を〇・六二とした。被告は、昭和四九年以降、千種第四工区内に所在する従前地については、すべて、右地帯価〇・六二を採用しており、本件換地処分においてもこれが採用された(右地帯価の算定根拠は別表7記載のとおりであり、本件換地処分における算定方法の詳細は別紙及び別表1ないし6記載のとおりである。)。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実関係によれば、被告が、原告主張のとおり、昭和四九年を境として、その前後において、本件従前地の所在する千種第四工区内の土地の評価方法を変更したことが認められるのであるが、右変更は、右工区内に従前地を所有していた権利者等の要望に沿うものであること(原告の父・櫛田賢もその旨要望している。)、また、前記のような地帯価を採用したとしても、右工区内の土地が、仮使用地指定当時、一帯の山林であつて、平方メートル当たりの評価については、それほどの偏差がないことから、大きな不公平は生じないものと被告において判断してなされたものであり、右変更の結果、右変更の前後において、放置し得ないほどの不都合な事態、不公平な状況が生じたことを認めるに足りる証拠はないことなどの諸点に照らすと、右変更が、原告主張のような著しく不合理、不公平であり、かつ条理に反するものとは認め難く、むしろ、施行者である被告において許容され得る指数の修正(前記④参照)の範囲内のものとみるのが相当である。原告は、被告の当初の評価方法によれば、本件従前地の一平方メートル当たりの指数は〇・九五であり、この数値を前提として算定すれば、本件換地は七九・五四平方メートル不足していることになつて、その分の清算金の交付を受けられたはずであつた旨主張するのであるが、前掲平田証言によれば、右数値(〇・九五)は、あくまでも、千種第四工区の地帯価(平均値)を算出するための試算として算定されたものであり、いわば計算過程中の数値であつて、右数値を基礎とした換地処分が現実に行なわれる予定であつたわけではないことが認められることからすると、右数値を前提として、本件換地処分が違法である旨の原告の主張は理由がない。

したがつて、原告の右主張は採用できない。

更に、原告は、被告が本件換地処分において用いた等級が、本件換地処分当時の土地を評価する尺度としては合理的なものではないし、また、被告が本件従前地を三三等級とした合理的な根拠が示されておらず、その評価は不当に低いものである旨主張する(請求原因2(二)(2)の(イ)、(ウ))。しかしながら、前掲〈証拠〉によれば、被告が本件事業において等級比較計算の資料として用いた等級表(乙第一号証別表6)は、土地賃貸価格調査法に基づいて定められた「土地賃貸価格等級表」であることが認められ、右は、公的な資料であつて、その等級評価が不合理なものとはいい難いし、また、本件換地処分の算定方法の詳細は、別紙及び別表1ないし6記載のとおりであり、それによれば、本件換地処分は、右等級評価をそのまま用いて等級比較計算の方法により行なわれたものではなく、前記のような経緯から従前地の平方メートル当たり指数として、地帯価〇・六二を用いて行なわれたものであることが明らかである。もつとも、右地帯価を算出する過程において、右等級評価が用いられたこと、被告は、千種第四工区内の本件従前地を含む各従前地をすべて三三等級と評価したことは、別表7の記載により明らかであるが、前掲〈証拠〉によれば、本件従前地の土地台張における等級は反(三〇〇坪)当たり四八等級、指数一八〇〇であつたので、一坪当たりでは指数六となり、右指数は二等級にすぎなかつたこと、千種第四工区内で以前から宅地等級が最も高いとみられていた田代町字鹿子殿甲一一三番及び同所甲一二八番の土地の一坪当たりの賃貸等級は二八等級であつたこと、当時、土地区画整理が完了していた田代土地区画整理組合の地域内で千種第四工区に近い所にある千種区猫ケ洞通一丁目二番の賃貸等級は、一坪当たり三六等級であつたことが認められ、右認定の事実関係によれば、被告が本件従前地等を三三等級と評価したことは不合理なものとはいえず、また、原告にとつて不利益をもたらすようなものでもない。

したがつて、原告の右主張も理由がないものといわざるを得ない。

四以上の次第であつて、原告の主張する違法事由はすべて理由がなく、本件換地処分は適法なものというべきであるから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤義則 裁判官高橋利文 裁判官綿引 穣)

物件目録

(一) 名古屋市千種区田代町字鹿子殿八一番の七三六

山林 一〇五〇五平方メートル

(二) 名古屋市中村区名駅南四丁目一〇六番

宅地 五九五・四〇平方メートル別紙および別表1ないし7〈省略〉

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